行政書士試験でもよく耳にするのが「情報の一元化」という言葉です。どうやら学習する上で効率アップを図ってくれるようです。
情報の一元化って?
まずこの情報の一元化というのはどういうものかというと、ノートなり基本書なりに情報を一つにまとめてしまう。簡単に言うとこういうことになります。大抵の場合は基本書に補足として書き込むことを指しているようです。
私はというと、そんなこと合格後に知りましたし、実践していません。
確かに時短にはなると思います。他の必要な情報を一つにまとめるということは基本書に全部が積み込まれていることになります。
また頭の整理もしやすいでしょうし、合格に必要な情報がすべて基本書にあるということですから、基本書さえ見ていれば良いということになります。
他の行政書士試験の合格者さんのブログでも、よくやたらに細かく補足が掛かれた基本書の写真がアップロードされていることがあります。
それを見るたび、私には絶対にそんなマネができないと思ってしまいます。そんなマメに書き込むことができません。
なぜか?面倒くさいに決まっているじゃないですか(笑)
私が参考書に書き込まない最大の理由
基本書に合格の知識がすべて書かれていると信じています。補足情報なんて必要ないとすら思っています。
それが一元化しない大きな理由です。
一元化のイメージとして、合格の知識を100として、50しかないもの(基本書)に他の本などのツールにあるバラバラになった情報をかき集めて、50足して、100にするという物です。
私の場合はというと基本書に合格のための知識が80あれば、わざわざ、他のツールの情報をちまちま集める必要はないという考えになります。あくまでも私の個人的な考えです。正解なのかはわかりません。
少しわかりにくいかもしれませんので、簡単に言います。多元化を一元化するわけですから、情報がすべてに散らばっているという前提で一元化するわけです。そもそも行政書士試験ではそんなに情報が散らばっているのでしょうか?
これが一から、情報を集めて、白いノートに書き込み完成させるというならばわかります。でも基本書に書き込むということなんてありますか?
そもそも基本書って一元化された情報の集合体なんじゃないでしょうか?ということです。
予備校などのスクールのありがたい話は別!!
仮に、私がスクールで講義を受けていたとします。、講師の補足の話があるのならばテキストに書き込み一元化を図ります。それは私も同様の行動をすると思います。基本書+αの情報を残しておきたいからです。
ですが、独学だと講師の話なんてないです。その時点で散らばった情報なんて基本ないということになります。
基本、情報の一元化は行政書士試験程度ならば必要ないというのが私の考えです。
事実、私の参考書はものすごくきれいです。書き込みは一切ありませんでした。マーカーでラインを引く程度です。それすら極力しないようにしていました。
不要になった参考書はオークション等で売りさばくからです(笑)
マーカーでのライン引きは賛否両論あります。私はドラゴン桜というドラマでマーカーのライン引きは勉強に逆効果という話があったのでそれを信じて、あまり引かないようにしていました。
ただ今回の情報の一元化に関して、以前拝見したブログに効果的だという記述がありました。これは確かに効果的なのは効果的だと思います。効果についてはあるといっていいと思います。
要領のいい人は授業中、ノートは取らず教科書に書き込む!!という教えもあるくらいです。私の知っている秀才は実践していました。
確かに一元化は効果的です。というよりも便利です。
しかし、それは独学に限っては特に必要ないことだと私は思います。